民法 総則 (H1-33改題)
次の記述のうち、誤っているものはいくつあるか。
1 所有権の侵害による損失が軽微で、しかも侵害の除去が著しく困難で多大な費用を要する場合に、土地所有者が不当な利益を得る目的で、その除去を求める事は許されない。
2 信義誠実の原則は、権利の行使又は義務の履行だけでなく、契約の趣旨を解釈する基準にもなる。
3 親が胎児のためになした損害賠償請求に関する和解は、後に生まれた子を拘束する。
4 自然人は、出生と同時に、権利能力があり、この出生とは、体が母体から全部露出した時点をいう。
5 自らの賭博によってできた借金を支払った後に、賭博は無効であると主張して、支払った金銭の返還を求めることができる。
6 胎児は、生まれてくるまで遺産分割協議ができないが、相続の承認・放棄は、3ヶ月という期間制限があるので生まれる前でも代理人によってすることができる。
解答 3つ
1 正
宇奈月温泉事件(大審院昭和10年10月5日)からの出題です。
『侵害の除去が著しく困難であり、莫大な費用がかかる場合に、不当な利益を得るためにその土地を買い、侵害者に対し侵害状態の除去を請求しつつ、その土地を不相当な巨額代金で買取るように要求することは、単に所有権の行使である外形があるにとどまり、真に権利を救済しなければならないものではない。
すなわち、専ら不当な利益を得る目的のために所有権を行使することは、社会観念上所有権の目的に違背してその機能として許されざるべき範囲を逸脱するものであり権利の濫用にほかならない。』
2 正
「信義誠実の原則は、単に権利の行使、義務の履行についてのみならず、契約の趣旨の解釈についてもその基準となる」(最判昭和32年7月5日)。
3 誤
停止条件説からは、胎児の間はまだ権利能力がないので母親が代理人となって損害賠償請求の和解契約を結ぶことはできません。つまり、この和解契約は無効となります。そして、このことは胎児に損害賠償請求権があるということと矛盾しません。
あくまでも、損害賠償請求権が発生するのは、無事に出生した場合です。出生したら、損害賠償請求権の発生時期が、不法行為時、つまりまだ胎児であった時に遡るということです。
損害賠償請求権が発生するための要件=出生(停止条件説)
(発生した上で)損害賠償請求権の発生時期=不法行為時(胎児の時まで遡及する)
このように損害賠償請求権が発生するための要件と、発生した上で、いつの時点から発生したとするのかという発生時期は区別して考えてください。
そして、損害賠償請求権が発生するための要件が、損害賠償請求権の発生時期を確定する上での論理的前提となっていることを理解してください。
停止条件説の下では、出生しなければ、損害賠償請求権は発生すらしないのです。
ですから、出生後に改めて不法行為時に既に権利能力があったものとして損害賠償請求や和解をすることになります。
したがって、親が胎児のためになした損害賠償請求に関する和解は、後に生まれた子を拘束しないのです。
4 正
その通り、全部露出説です。
自然人は、出生と同時に、権利能力があり、この出生とは、体が母体から全部露出した時点をいいます。
5 誤
信義則にあるクリーンハンズの原則です。
自ら法を尊重するものだけが法の尊重を要求することができるという原則をいいます。
6 誤
民法上は停止条件説が通説判例です。ですから、民法上は、胎児が生まれてくるまでは、遺産分割協議をすることはできません。胎児が生れるのがわかっているのならば出生を待ってから遺産分割するのが通常です。出生まで最大でも10カ月ほどなのであまり問題ありません。出生後、親が代理人となって遺産分割協議をします。
また同様に、出生前には相続の承認または放棄をすることはできないでしょう。
しかし何も不都合はありません。
915条をみてください。
「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。」
本人が知るためには、少なくとも出生しなければなりません。
出生したら相続開始時に遡及して相続人になりますから、父母が代理人となって、早ければ出生後から3カ月以内に相続放棄等の手続きをすればよいでしょう。