民法 総則 (H21-28)
時効に関する次のA~Eの各相談に関して、民法の規定および判例に照らし、「できます」と回答しうるものの組合せはどれか。
Aの相談:「私は13年前、知人の債務を物上保証するため、私の所有する土地・建物に抵当権を設定しました。知人のこの債務は弁済期から11年が経過していますが、債権者は、4年前に知人が債務を承認していることを理由に、時効は完成していないと主張しています。民法によれば、時効の中断は当事者及びその承継人の間においてのみその効力を有するとありますが、私は時効の完成を主張して抵当権の抹消を請求できますか。」
Bの相談:「私は築25年のアパートを賃借して暮らしています。このアパートは賃貸人の先代が誤って甲氏の所有地を自己所有地と認識して建ててしまったものですが、これまで特に紛争になることもなく現在に至っています。このたび、甲氏の相続人である乙氏が、一連の事情説明とともにアパートからの立ち退きを求めてきました。私は賃貸人が敷地の土地を時効取得したと主張して立ち退きを拒否できますか。」
Cの相談:「30年程前に私の祖父が亡くなりました。祖父は唯一の遺産であった自宅の土地・建物を祖父の知人に遺贈したため、相続人であった私の父は直ちに遺留分を主張して、当該土地・建物についての共有持分が認められたのですが、その登記をしないまま今日に至っています。このたび父が亡くなり、父を単独相続した私が先方に共有持分についての登記への協力を求めたところ、20年以上経過しているので時効だといって応じてもらえません。私は移転登記を求めることはできますか。」
Dの相談:「私は他人にお金を貸し、その担保として債務者の所有する土地・建物に2番抵当権の設定を受けています。このたび、1番抵当権の被担保債権が消滅時効にかかったことがわかったのですが、私は、私の貸金債権の弁済期が到来していない現時点において、この事実を主張して、私の抵当権の順位を繰り上げてもらうことができますか。」
Eの相談:「叔父は7年ほど前に重度の認知症になり後見開始の審判を受けました。配偶者である叔母が後見人となっていたところ、今年2月10日にこの叔母が急逝し、同年6月10日に甥の私が後見人に選任されました。就任後調べたところ、叔父が以前に他人に貸し付けた300万円の債権が10年前の6月1日に弁済期を迎えた後、未回収のまま放置されていることを知り、あわてて本年6月20日に返済を求めましたが、先方はすでに時効期間が満了していることを理由に応じてくれません。この債権について返還を求めることができますか。」
1.Aの相談とBの相談
2.Aの相談とCの相談
3.Bの相談とDの相談
4.Cの相談とEの相談
5.Dの相談とEの相談
解答 4
本問は、3つのグループに分けられます。
①時効の援用(145条)の問題、②時効の中断(156条)の問題、③時効の停止(158条)の問題です。
B・C・Dが①時効の援用(145条)の問題、Aが②時効の中断(156条)の問題、Eが③時効の停止(158条)の問題となっています。
②時効の中断(156条)の問題、③時効の停止(158条)の問題については、勉強したところですので難しくはないでしょう。
時効の援用権者の範囲については、総則のところでは飛ばしたのでここで解説することにします。
時効を援用することができるのは、条文上「当事者」とだけ規定されています(145条)。
時効を援用するかどうかは当事者の判断に委ねられるからです。
このように、時効の援用の趣旨は、当事者の意思の尊重でしたね。
そのため、判例では、「当事者」とは、時効によって直接利益を受ける者、すなわち取得時効によって権利を取得し、消滅時効によって権利の制限または義務を免れる者をいい、間接に利益を受ける者は含まれないとされています。
この判例の基準では、何が直接的で間接的なものかは明確ではないので客観的に判断できないところがあります。
裁判官が直接的だと判断すれば直接的であり、間接的であると判断すれば間接的であるというような曖昧な基準です。
そのため、ある程度覚えなければならないところです。
まず、時効の援用権者を取得時効と消滅時効とで分けて押さえておきましょう。
(取得時効)
援用権者として肯定された者
①賃借権者(賃借権の取得時効)
判例(最判昭和62年6月5日)
「他人の土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、その用益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているときには、民法163条により、土地の賃借権を時効取得するものと解すべきである。」
②地上権者(地上権の取得時効)
援用権者として否定された者
家屋賃借人
土地所有権の取得時効について、家屋賃借人は直接利益を受ける者ではないので援用権者にはなれないのです(最判昭和44年7月15日)。
建物の賃借人に過ぎないので、土地については何も言えないということなのでしょう。本問のBの相談がこれにあたります。
(消滅時効)
援用権者として肯定された者
①保証人(主債務の消滅時効)
②連帯保証人(主債務の消滅時効)
③物上保証人(被担保債権の消滅時効)
④抵当不動産の第三取得者(被担保債権の消滅時効)
⑤連帯債務者(他の連帯債務者の消滅時効)
これらは、消滅時効を援用できれば、直接的に自己の責任がなくなる者ですので、比較的わかりやすいと思います。
⑥詐害行為の受益者(詐害行為の取消権者の被保全債権の消滅時効)
詐害行為における受益者は、以前は否定されていたところ、肯定されるようになりました。
以下の判例で押さえておきましょう。
判例(最判平成10年6月22日)
詐害行為の受益者は、詐害行為取消権行使の直接の相手方とされている上、これが行使されると債権者との間で詐害行為が取り消され、同行為によって得ていた利益を失う関係にあり、その反面、詐害行為取消権を行使する債権者の債権が消滅すれば右の利益喪失を免れることができる地位にあるから、右債権者の債権の消滅によって直接利益を受ける者に当たり、右債権について消滅時効を援用することができるものと解するのが相当である。
援用権者として否定された者
①一般債権者(債務者の債務の消滅時効)
他の一般財産から債権の回収をすることができるからでしょう。
②後順位抵当権者(先順位抵当権者の被担保債権の消滅時効)
本問のDの相談がこれにあたります。
後順位抵当権者は、先順位抵当権者の被担保債権が時効によって消滅しても、それによって受ける利益は抵当権の順位上昇による反射的利益にすぎないことを理由として、援用権者には当たらないとされています(最判平成11年10月21日)。
一般債権者や後順位抵当権者が援用権者に含まれないのは、94条2項の第三者に含まれないのと類似しているので合わせて押さえておきましょう。
上記以外にも判例がありますが、細かいところですので、まずはここまでの例を押さえておくことにしましょう。
以上を前提に解説していきます。
A できません
債務者の債務の承認により、被担保債権の消滅時効は中断します(156条)。
そして、付従性により、抵当権にもその効力が及ぶので、もはや物上保証人が被担保債権の消滅時効を援用することはできないのです(最判平成7年3月10日)。
したがって、Aは時効の完成を主張して抵当権の抹消を請求することはできないのです。
B できません
建物賃借人は、土地の取得時効の完成によって直接利益を受ける者ではないから、建物賃貸人による敷地所有権の取得時効を援用することはできないのです(最判昭和44年7月15日)。
したがって、Bは賃貸人が敷地の土地を時効取得したと主張して立ち退きを拒否することはできないのです。
C できます。
これは、時効の援用をした後の話です。
遺留分権利者が、遺留分減殺請求権は相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間又は相続開始の時から十年で消滅するとしていますが(1042条)、遺留分減殺請求権自体の消滅時効を定めたものであって、すでにCの父が遺留分減殺請求をしています。
この遺留分減殺請求によって土地、建物の所有権の共有持分を取り戻しています。
所有権は消滅時効にかからないことから(167条2項)、所有権に基づく物権的請求権も同様に消滅時効によって消滅しないと解されています。
したがって、Cは移転登記を求めることができるのです。
D できません。
後順位抵当権者は、先順位抵当権者の被担保債権が時効によって消滅しても、それによって受ける利益は抵当権の順位上昇による反射的利益にすぎないことを理由として、援用権者には当たらないとされています(最判平成11年10月21日)。
したがって、Dは、消滅時効を援用することはできず、これにより抵当権の順位を繰り上げてもらうことはできないのです。
E できます
時効の期間の満了前6箇月以内の間に未成年者又は成年被後見人に法定代理人がないときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は、その未成年者又は成年被後見人に対して、時効は、完成しません(158条1項)。
本肢では、後見人である叔母はその6箇月以内の2月10日に急逝しているので、新たにEが後見人として就任した6月10日から6箇月を経過するまでの間は、時効が完成しないことになります。
したがって、Eはこの債権について返還を求めることができます。