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憲法 人権 (H23-5)


写真家Aが自らの作品集をある出版社から発売したところ、これに収録された作品のいくつかが刑法175条にいう「わいせつ」な図画に該当するとして、検察官によって起訴された。自分が無罪であることを確信するAは、裁判の場で自らの口から「表現の自由」を主張できるように、慌てて憲法の勉強を始め、努力の甲斐あって次の1~5のような考え方が存在することを知ることができた。このうち、本件の事案において主張するものとして、最も適しない考え方はどれか。


1 わいせつ表現についても、表現の自由の価値に比重を置いてわいせつの定義を厳格にしぼり、規制が及ぶ範囲をできるだけ限定していく必要がある。

2 表現の自由は「公共の福祉」によって制約されると考える場合であっても、これは他人の人権との矛盾・衝突を調整するための内在的制約と解すべきである。

3 憲法21条2項前段が「検閲の禁止」を定めているように、表現活動の事前抑制は原則として憲法上許されない。

4 表現の自由に対する規制が過度に広汎な場合には、当事者は、仮想の第三者に法令が適用されたときに違憲となりうることを理由に、法令全体の違憲性を主張できる。

5 文書の芸術的・思想的価値と、文書によって生じる法的利益の侵害とを衡量して、前者の重要性が後者を上回るときにまで刑罰を科するのは違憲である。



解答 3


本問を最初に見たとき、やっと本格的な違憲審査基準の問題が出題されたかな、と思いましたが、実際解いてみたら、そこまで聞いていない簡単な問題だったので拍子抜けしてしまいました。

本問の出題の意図は、事前抑制の禁止=発表前の規制の禁止ということを知っているかどうかです。他の肢の内容の正誤すら検討しなくても良い問題です。

簡単にいうと、事前抑制の禁止とは、表現行為の「発表」の禁止です。問題文を見ると、Aはすでに出版していますね。つまり既に発表済みということなので、そもそも検閲の禁止や事前抑制の禁止が問題とはならないのです。ですから、この事前抑制の禁止を主張してもAの保護にはならないということです。

他の4つの肢は全て、刑罰を科すのはAの表現の自由を過度の制約するものとして違憲なのではないか、という主張です。つまり、表現をした後の規制の話です。

ですから、発表前の規制の禁止の話である事前抑制の禁止は問題とはならないのです。ちなみに、肢3以外の肢も簡単に解説しておきます。

(肢1) 

わいせつの定義を限定的にとらえれば、それだけ表現行為は制約されなくなりますから、Aの表現の自由を保護する主張となります。

(肢2)

公共の福祉についての考え方の一つである、一元的内在制約説についての記述です。これが通説的な考え方ですが、他の学説よりも、憲法の目的である人権保障を重視する考え方なので、表現の自由を制約するとしても必要最小限度の制約にとどめるべきであり、できるだけ表現の自由を制約しない考え方です。ですから、Aの表現の自由を保護する主張となります。

(肢4)

これは明確性の理論です。明確性の理論とは、精神的自由を規制する立法等は、その要件が明確でなければならない考え方をいいます。

これも表現行為を規律する法律の文面だけをみて合憲か違憲かを審査する点で文面審査の一種です。

特定の表現行為に対して曖昧不明確な規制がなされると、どこまで表現行為ができるのか否かの境界線も不明確となり、表現行為に対して萎縮的効果を及ぼします。

このような表現行為に萎縮的な効果を及ぼすような不明確な条文などは、21条1項の表現の自由の要請により、原則として無効になるのです。

これを漠然性ゆえに無効の理論といいます。

また、条文の規律の仕方が一応明確であっても、規制範囲があまりにも広範である場合も表現の自由に重大な脅威を与えるものであるのでこういう場合も原則として無効となります。これを過度の広範性ゆえに無効の理論といいます。このように明確性の理論の中には二つの意味が含まれていることを理解しましょう。

本問は、後者の過度の広範性ゆえに無効の理論の方の問題です。Aの表現行為に対して刑法175条の規制が過度の広範性ゆえに無効と主張することで、Aの表現の自由を保護する主張となります。

(肢5)

本問は、適用審査における比較考量の基準についての話です。Aの表現の行為の重要性が文書によって生じる法的利益の侵害を上回るときにまで刑罰を科するのは違憲であると主張することでAの表現の自由を保護する主張となります。

以上より、本問の出題の意図は、事前抑制の禁止=発表前の規制の禁止ということを知っているかどうかであって、この問題を抽象化すると、結局、「事前抑制の禁止とは、発表前の規制の禁止か発表後の規制の禁止か」を聞いているだけです。このような問いであれば、答えられたのではないでしょうか。

次に出題されるとすれば、違憲審査基準についての内容を具体的に問う問題が出題されるかもしれませんので、しっかりと準備しておきましょう。




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