民法 総則 (H25-27)
錯誤による意思表示に関する次のア~オの記述のうち、民法の規定および判例に照らし、妥当なものの組合せはどれか。
ア 法律行為の要素に関する錯誤というためには、一般取引の通念にかかわりなく、当該表意者のみにとって、法律行為の主要部分につき錯誤がなければ当該意思表示をしなかったであろうということが認められれば足りる。
イ 法律行為の相手方の誤認(人違い)の錯誤については、売買においては法律行為の要素の錯誤となるが、賃貸借や委任においては法律行為の要素の錯誤とはならない。
ウ 動機の錯誤については、表意者が相手方にその動機を意思表示の内容に加えるものとして明示的に表示したときは法律行為の要素の錯誤となるが、動機が黙示的に表示されるにとどまるときは法律行為の要素の錯誤となることはない。
エ 表意者が錯誤による意思表示の無効を主張しないときは、相手方または第三者は無効の主張をすることはできないが、第三者が表意者に対する債権を保全する必要がある場合において、表意者が意思表示の瑕疵を認めたときは、第三者たる債権者は債務者たる表意者の意思表示の錯誤による無効を主張することができる。
オ 表意者が錯誤に陥ったことについて重大な過失があったときは、表意者は、自ら意思表示の無効を主張することができない。この場合には、相手方が、表意者に重大な過失があったことについて主張・立証しなければならない。
1 ア・イ
2 ア・ウ
3 イ・エ
4 ウ・オ
5 エ・オ
解答 5
錯誤の基本的な問題なので是非とも正解して欲しいです。
肢ア 誤
錯誤というのは、内心的効果意思と表示行為が不一致していて、表意者本人がその不一致を知らないことをいいます。
この錯誤が成立するためには、通常人なら、その錯誤がなければ法律行為をしなかっただろうと思われる程度の重要部分についての錯誤があることが必要です。これを要素の錯誤といいます。
上記は、判例をわかりやすく表現したものなので、一応この判決の概要を紹介しておきます。
判決(大判大3.12.15)の概要
『 要素の錯誤とは、表意者が意思表示の内容の主要な部分とし、この点について錯誤がなかったら①表意者は、意思表示をしなかったであろうし、②意思表示をしないことが一般取引の通念に照らして至当と認められるものをさす。』
上記の判例の「一般取引の通念に照らして」の部分からわかるとおり、問題文の「一般取引の通念にかかわりなく」という部分が誤りです。
肢イ 誤
上記の通り、意思表示の内容の主要な部分になるかどうかで判断すればわかるでしょう。
取引の目的物に着目する売買では物の同一性の錯誤が契約内容の主要な部分なので人違いは錯誤になりにくいです。
例えば、コンビニ等で買い物をする場合、買うものを間違えることは重大な関心事であって契約内容に直接かかわりますが、契約の相手方が誰というのはほとんど関心がないので契約内容の重要な要素になりにくいです。
これに対して、賃貸借や委任契約では当事者の信頼関係が重視されるので、相手方が誰であるかが重要な要素となります。
例えば、誰に部屋を貸すか(賃貸借)、誰に仕事を依頼するか(委任)などは、契約内容にとって重要な部分であり、この部分に錯誤があれば、要素の錯誤となるでしょう。したがって、賃貸借や委任は、人違いも要素の錯誤となるのです。
肢ウ 誤
(判決の要旨)
『動機に錯誤があっても契約は有効に成立するのが原則であるが、動機が意思表示の内容として相手方に表示されていれば、無効を主張できる。』
動機の錯誤は原則として有効、例外的に動機が意思表示の内容として相手方に表示されていれば無効となるのです。
相手方に明示的、黙示的を問わず表示されていればいいので、動機が黙示的に表示されるにとどまるときであっても法律行為の要素の錯誤となるのです。
肢エ 正
例えば、Xが、乙土地と丙土地を所有しているところ、その丙土地を乙土地と勘違いしてYに売却したとしましょう。
そして、Xには一般債権者Wがいました。その後、乙土地が大地震により消滅したため、Xには、錯誤で売却してしまった丙土地以外に他に財産がない状態となりました。Xは錯誤に気づきましたが、それにも関わらず、Xは錯誤無効を主張しませんでした。
この場合、Xの一般債権者Wは、X・Y間の売買の無効を主張して、Yに対して、丙土地のXへの返還を請求することができるでしょうか。
錯誤無効は、表意者本人しか主張できないのが原則ですから、一般債権者Wも原則として主張できません。
しかし、Xには他の財産がないので、Wにしてみると錯誤無効を主張してXの下に返還されることが債権回収の唯一の道です。
ですから、Wを保護するためにはWが錯誤無効を主張できるようにするべきでしょう。
もっとも、錯誤無効の趣旨は表意者保護にありますから、表意者が有効な契約であり、錯誤であると認めていない以上、第三者がそれを覆すのは、その趣旨に反しますね。
そこで、少なくとも表意者Xが錯誤無効であること自体は認めているのであれば、Xにその主張する意思がないとしても、一般債権者Wは自己の債権回収の保全のために錯誤無効の主張をすることが例外的に認められているのです。
具体的には、WはXY間の契約につき錯誤無効を主張し、債権者代位権により、Xの丙土地の不当利得返還請求権を代位行使して、その後差押えて、自己の債権を回収することができるのです。判例も同様に判示しております。
このように、①債権保全の必要性と②表意者が錯誤を認めているという、2つの要件を満たせば、一般債権者も例外的に錯誤無効の主張ができるのです。
肢オ 正
錯誤の場合は、知らずに行為をしてしまっただけなので、真の権利者である表意者を保護しようという価値判断がなされています。ですから、95条本文は、意思主義となります。
もっとも、悪意といってもいいような重大な過失がある場合にも、表意者を保護するのは、取引の相手方との公平バランスが保てません。
そのため、重大な過失がある場合は、無効を主張することができないのです。したがって、95条但書は表示主義となります。
問題文における立証責任は少しなじみがないかもしれませんが、自己に有利な事実を主張する側に立証責任があります。
例えば、AとBが売買契約をしたところ、Aに錯誤がありました。この場合、Aは無効としたいので、自己に錯誤があったことを主張立証します。
もっとも、Aに重大な過失があれば、AB間の売買は有効となります。取引の相手方であるBは有効な売買を望むのが通常ですから、BがAの重大な過失を主張立証するのです。したがって、相手方が、表意者に重大な過失があったことについて主張・立証しなければならないのです。